マーティン・ハーウィット『拒絶された原爆展―歴史のなかの「エノラ・ゲイ」』

 マーティン・ハーウィット『拒絶された原爆展―歴史のなかの「エノラ・ゲイ」』を読みました。
 
 
 
 中止となった「最終幕」展(原爆展)の経緯を、当時のスミソニアン博物館館長が記録した大著です。
 中止に追い込んでいった空軍協会らが主張する中で出てくるのは「誇り」という言葉です。彼らは、「誇り」を損なうような展示は認められないとします。
 
 私は「誇り」というのが正直よくわからない。「誇り」って何なのでしょうか?
 「誇り」のせいで、今の時点から過去を振り返ることすら、拒絶されてしまったように見えました。本書のあちこちで指摘されているように(例えばp.125-6)、原爆投下については当時も議論がありました。いま批判的に振り返ることは、決して現在から過去を一方的に断罪しているわけではありません。しかし、過去はそもそも現在から振り返られることでこそ存在するものです。過去は現在から再審されてこそ、次代につなげていくことができるもののはずです。仮に、戦争終結を早めるために原爆を投下したのだとしても、原爆投下前に宣言することで、日本に敗北を認めさせるべきだったとかの、ヨリ被害の少ない他の選択肢もあったはずで、そういうのを批判的に振り返って、見つけ出さないと次につながらないと思うのです。過去を生きた人は、現在から批判されることを許容するような、開かれた姿勢こそ求められるのではないでしょうか。
 
 それにしても、歴史認識というものの難しさ、微妙さに改めて気付かされます。
 日本人を救ったというような「正しい戦争」観、真珠湾の攻撃を受けたという「被害」観は認識できても、原爆で多数の人を殺し、未だに苦しめ続けているというような「加害」観は認識するのが困難であるようです。これは米国に限った話ではなく日本もそうでしょう。議論、言論や博物館展示では伝わらないし、共有できないのであれば、アート(音楽、絵画、インスタレーション等)で訴えかけるしかないのかもしれません。
 
 私は次のようなインスタレーションを考えます。
 真ん中に原爆のキノコ雲がもくもくとあって、その上の空をエノラ・ゲイが飛んでいる。旋回して基地に帰るところ。キノコ雲の下の地面では原爆の被害に苦しむ人がいる。他の地面では日本軍による侵略が描かれている。それらの展示物は、透明なプラスチックの壁で丸く囲まれ、壁には日本語や英語、中国語や朝鮮語、ロシア語、色々な言語によって、それぞれの「正しい戦争」観と「被害」観が書かれている・・・。
 ・・・うーん、ダメかな。
 
 あと、スミソニアンは全体的な展示を目指していました。そうではなくて、例えば原爆被害に特化するとかの個別具体的な展示をすることで、観る人達の心を動かしていくしか無いのかもしれません。
 
 最後に気になったのはアカデミズム。
 本書に歴史学者は出てくるが、他の業界の学者は出てこない。特に政治学者、政治思想家たちはこの議論にどのように参加していたのでしょうか。
 
 今年1冊目。

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